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2018/02/16

We'll Meet Again - 第四話

2001年9月11日に私の住んでいた街で起きた同時多発テロ事件。今回は事件に巻き込まれた犠牲者を救ってくれた方を探す話です。もう16年前の事件ですが、私もあの日の事は今でも鮮明に覚えています。 9月11日、ニューヨークはさわやかな秋晴れでした。マンハッタンの世界貿易センタービル2棟、ワシントンDC郊外にある国防省そしてペンシルベニア州にハイジャックされた旅客機4機が次々に墜落。

商用の為、世界貿易センターに隣接されたホテルに宿泊していた男性は爆音と揺れで着の身着のままホテルを飛び出しました。そして15分後に又、南棟のビルに旅客機が突っ込みました。逃げ場を探すべく、彼は近くにある学校へと非難します。壁にもたれ掛かった彼は頭が真っ白だったと言います。その時、一人の女性が彼に声をかけ近くにある自分の事務所へ連れて行き彼の家族が待っているミシガン州へ帰れる手配をしてくれました。彼女といたのはたった3時間。16年経った今も3時間の間に彼女がしてくれ事をずっと忘れずにいました。

国防省に勤務している彼はこの日は休暇を取っていましたが、事件を知り現場へと急いで向かいます。目にしたのは崩れ落ちた自分の勤務先。もし今日、休暇を取っていなかったら命はなかったと。この日から彼は生存者を探す指揮官となります。被害の大きさから、足元がぐらつく中での救援活動。見つかるのは死体ばかりだったそうです。軍人としてのタフな精神力も限界を超え、救援活動する仲間もあんな危険な場所での活動はしたくないとの声も聞こえ始め指揮官としての機能が出来なくなり始めました。そんな疲労困憊した彼の肩にそっと手をかけくれた一人の軍人。振り向けは彼の優しい笑みがあったそうです。この軍人に会ってありがとうを言いたい。

当時世界貿易センター2棟、宿泊していたホテルのあった場所を改めて訪れた彼は、この辺りがホテルのロビーでしたかね。ここで彼女が声をかけてくれましたと、当時の様子を語ってくれました。カメラマンとして働いていた彼女はしばらくマンハッタンへ足が向かなかったそうです。マンハッタンが一望できる高台で16年ぶりの再会を果たし、あの日、あの3時間を語り合いました。

疲れ切った彼の肩にそっと手をかけてくれた軍人はその日に救援活動していたリスト、そして着ていた軍の制服からこの人しかいないと分かり、再会となります。

私は当時JFK空港近くの会社に勤務しており、マンハッタンで直接被害に遭いませんでいたが次は何が起こるのだろうかと恐怖と不安の一日を過ごしたのを覚えています。日本企業が多く入っていた世界貿易センターで犠牲になった日本人も多くいました。写真、名前、勤務先が書いてある人探しの張り紙の中に日本人を見つけた時には涙が出ました。数か月後、あんな巨大なビル2棟が崩れ落ちて無くなった現場を見た時、あれはテレビで見た映像でなく本当に起きた事件だったんだと、嘘であって欲しかったと思う感情と交錯したのを覚えています。

あの朝、行ってきます。行ってらっしゃい。気を付けてねと、いつもの会話をし、いつもの電車に乗って出勤したお父さんが帰らぬ人となってしまた。毎年、9月11日の朝、黙とうし、犠牲になった人の一人一人の名前を読み上げています。誰とも知らない人の名前を聞くだけでも込み上げてくるものがあります。

犠牲者一人一人のご冥福をお祈り申し上げます。


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秋桜

マイアミビーチ、ニューヨーク、ミルウォーキーで暮らした後、ワシントン州の自然に恵まれたシアトル郊外へ。 simple, naturalそして楽しい暮らしを送りたいと願っています。